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エッセー「香港まち歩き」


福井新聞「リレーエッセー つらつら紡ぐ」に寄稿しました。<2019.01.30 掲載>

「香港まち歩き」 美術作家・湊 七雄

 お正月休みを利用して、気の合う友人夫婦と共に2泊3日の香港旅行に出かけた。むしろ「強行した」という表現が適切かもしれない。大きな声では言えないが、3人の子どもを80歳になる一人暮らしの父に預けて出掛けたのだ。  計画当初は乗り気だった妻だが、いざ具体的な話になると遠慮がちになり「子どもたちとお留守番してようかなぁ」と、トーンダウンした。しかし田舎の父は心配無用とばかりに「お好み焼きに餃子、そうそうピザも焼こう!」という具合に快く引き受けてくれ、子どもたちもこの特別な機会を喜んだ。  子育て世代にとって、子ども抜きの旅行は何ともぜいたくだ。ピアニストの妻も私も仕事で海外に行く機会はあるものの、純粋な観光目的の海外旅行はほぼなく、日本以外のアジアの国を旅したこともなかった。

 香港はとにかく衝撃的だった。街の活気や人々の生きざまから、多くのインスピレーションを受けた。「何かいいことがありそう」という直感を頼りに、無理してでも来て本当に良かった。(お父さんありがとう!)  香港は、かつてイギリス領だった国際貿易の中心地で、世界屈指の経済都市だ。西洋と東洋の文化が融合した街並み、それを包み込む自由な空気に私たち4人は大興奮。見るもの、食べるもの、あらゆるものが新鮮でありながらどこか懐かい。  この「どこか懐かしい」感覚はどこから来るのだろう。幼少の記憶に残る、発展途上の日本の姿に通ずるからだろうか。上半身裸で屋台を切り盛りする男たち、竹で組まれた建築現場の足場、異臭を放つ路地裏。街にはこうした雑然とした雰囲気と最上級に洗練された雰囲気とが共存し、独自の風景が形作られている。

 ところが意外なことに、香港は「文化砂漠」と呼ばれているそうだ。文化をどう定義するかにもよるが、たしかに文化関連施設の数は都市の規模に対して少ない。しかし今の香港には、こうした危惧を一掃し、これから新たに文化的価値を量産できそうな勢いがある。  ことアートに関しては、今の日本は元気がない。自分がアートに関わる仕事をしているからなおさらそう感じるのかもしれないが、アートが街を押し動かしている匂いをかぎ取り、心が弾んだ。  香港の中心地にソーホーと呼ばれるおしゃれなエリアがある。その中でひときわ存在感を高めているのが文化複合施設「PMQ」だ。長く放置状態にあった警察宿舎が大規模にリノベーションされ、2010年に一大文化拠点として生まれ変わった。アーティストやクリエイターが集い、100を超えるアトリエやデザインスタジオ、ハイセンスなショップなどが入居し、流行の発信源となっている。ビジネスとしての継続性も視野に入れている点も興味深い。「福井にもこんな文化拠点があるといいよね」「いやきっと作れるはず」と私たち4人のテンションは最高潮。

 その後、香港の文化政策について調べてみた。1997年の中国返還以後、政府主導の開発事業が急速に進み、中国本土の影響が強まったが、そうした傾向に市民の声がストップをかける形で、「香港らしさ」を見直して守ろうという動きが生まれた。それを受け、2007年に香港政府は「歴史的建造物の保存・活用を推進する方針」を発表し現在に至るが、すでに完成したものも含め30近くの大型プロジェクトが進行しているというから、そのスピード感にはただ驚かされるばかり。  今回の旅行をとおし、「変わらないために変わり続ける」ことの意味を確認できたように思う。そして少し保守的になりつつあった自分自身の姿にも。

 春には小松-香港の定期直行便が初めて就航するようなので、ぜひまた訪ねることとしよう。

人気観光スポットのひとつ「女人街」の朝の様子。下町風情を満喫できる。(筆者撮影)

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