エッセー「創作の環境づくり」

August 24, 2016

福井新聞「リレーエッセー つらつら紡ぐ」に寄稿しました。

<2016.8.24掲載掲載>

 

「創作の環境づくり」美術作家・湊 七雄

 

 千夜一夜物語の「アラジンと魔法のランプ」に登場するランプの魔人は、三つの願い事を叶えてくれるという。さて、あなたは何をお願いしますか?私ならまず「世界各地に誰もが自由に使えるアトリエをつくってくれ」と頼みたい。

 

 今から20年前、初めてロンドンを旅した折に、突然思い立ってイギリスを代表する現代美術作家ビル・ウッドローのアトリエを訪ねたことがある。いま想い起こすと、かなり軽率で大胆だった。

 ビルさんとは、かつて石川県鶴来町(現・白山市)で開催されていた鶴来現代美術祭で出会った。美術祭の学生ボランティアだった私が、現地で滞在制作をするビルさんに対し一方的に親近感を抱いていただけで、彼が私を覚えていないのも明白だった。

 

 ロンドンの繁華街。小さなタバコ屋で電話帳を借用し連絡先を探したところ、市内に8人もの同姓同名がいることが発覚。まだインターネットが一般的でない時代。ここは自分の直感に頼るほかない。願いを込めてダイヤルすると大当たり! 受話器から聞き覚えのあるビルさんの声が聞こえ、最寄りのチューブ(地下鉄)駅まで迎えに来てもらえることになった。まさにドラマのような急展開だ。

 「展覧会の準備で忙しく、君には1時間しか割けない。自宅とアトリエのどちらに案内しようか」と尋ねられ、私は迷わずアトリエを選んだ。

 テムズ川沿いにある倉庫街の一角。ギャング映画の撃ち合いシーンを想起させる広大な倉庫がビルさんのアトリエだ。廃棄自動車の中身をくり抜いたようなスケールの大きい作品が目に飛び込み度肝を抜かれた。

 

 当時の私は大学卒業後の進路を含めいろいろ悩んでいた。何を描けばいいのか分からなくなっていた時期でもあり、そもそも自分に美術家の資質があるのか不安だった。ビルさんには、この道を選んだきっかけや、表現の基となる原体験、社会に対する問題意識など拙い英語でいろいろ質問した。

 彼は丁寧に言葉を選びながら「人はそれぞれ違うから、他人を気にする必要は無い」そして「社会に出ると、作品づくりそのものより、制作環境づくりの方が難しいと感じる時もある」と話し、何はともあれ制作の場所と時間の確保に努めるようアドバイスしてくれた。 

 

 その後、結果的に15回を超える引っ越しを経験することになるが、その都度、制作環境づくりにはかなりのエネルギーを使った。数年前に構えた自宅アトリエは、欧米の基準に照らすとこじんまりしているものの、天井は高く北窓からは美しい光が入る空間で、念願の大型銅版画プレス機も入った。

 とりわけ版画の分野は大掛かりな設備が必要となるので、制作場所確保は容易ではない。多くの有能なアーティストのたまごが思うように制作出来ない現実は残念でならない。

 

 生涯教育が定着しているベルギーには「アカデミー」と呼ばれる公共のアトリエがあり、一般市民も美術を学び作品制作が出来る。子どもから大人まで登録が可能で、私も大学院卒業後は、このアトリエでお世話になった。年間登録料3万円程で好きなだけ制作ができる理想的な場所だ。このアカデミーのおかげで今の自分があると言える。

 

 作品制作の材料が揃った場所に身を置くと誰もが表現者になれる。小さな子どもの様子を見ると良く分かる。表現することに基礎云々はあまり関係ないからだ。

 

 世界各地に誰もが自由に使えるアトリエがあったなら、10年、20年後の世界はどのように変わるだろうか。ランプの魔人に尋ねる事としよう。

 

 

ゲント美術アカデミーの版画ワークショップで、技法指導する筆者=2016年5月

タグ:ノントキシック、版画

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