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エッセー「見えないものを見る」


福井新聞「リレーエッセー つらつら紡ぐ」に寄稿しました。

<2014年8月27日掲載>

「見えないものを見る」

美術作家・湊七雄

 子供の頃の妙な習慣で、デパートの食器売場に行くと、目についた茶碗や湯呑を手に取っては裏側の印字や刻印を確認していた。一笑に付されそうだが、それには自分なりの理由があった。10代前半のごく短期間だが透視能力らしきものを自覚したことがあり、食器の裏側に薄ら透けて見える形や文字を実際に確認したかったのだ。一時的な冴えと偶然が重なっただけだと思うが、トランプの絵柄が面白いように見えたり、地元商店街の三角くじで上位賞を引き当てたり、家族の探し物を見つけ出したりとその特技は結構便利に使えた。

 そんなこんなで、見えないものを見ようとする習慣が定着してしまったようで、今の制作スタイルにも強い影響を及ぼしている。20世紀スイスの画家パウル・クレーは「芸術とは目に見えるものを写すのではなく、見えないものを見えるようにすることだ。」との言葉を残したが、私も作品制作にあたっては基本的に、直接見えなくとも確かに存在するものに形を与えようとしている。

 6月末、ベルギーに行く機会があった。セントニコラス市立美術館の企画展「日本・ベルギー版画交流展HANGA」が開催され、私は出品アーティストの一人として初日のオープニング式典に参加した。この展覧会に出品した版画作品6点は「将来出会うかもしれない風景」に思いを馳せて描いたもので、写生画とは異なり、想像力と心の眼が重要となる。

 そもそも芸術家が目に見えないものや、聴こえない音を具現化したいと考えるのはごく自然な行為なのかもしれない。19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したベルギー象徴主義の画家達も、モチーフとなる対象物をそのまま描くのではなく、人間の内面にある思想や魂の領域までをも表現しようとした。

 ベルギーは人口・国土共におおよそ日本の10分の1ほどの小国だが、芸術の分野においては欧州の重要な拠点となっており、美術史上にも大きなインパクトを与えている。油絵技法発祥の地としても知られており、その生みの親とされるファン・アイク兄弟作の祭壇画「神秘の子羊」(1432年)は世界で最も有名な作品のひとつに数えられる。  

 現地滞在中にゲント市のセント・バーフス教会に収められたこの祭壇画を見に行ったところ、修復中となっていた。本当に600年も前に描かれたのだろうか?と疑いたくなるほど新鮮で瑞々しい印象を持つが、実際には深刻なダメージがあり、2012年より5年計画で大々的な修復作業が進行している。手順としては、まず最新鋭の光学機器などを使い綿密に作品の状態を調査する。近年の解析技術の進歩は目覚ましく、赤外線を使って見ると、下描きの線までもがはっきりと確認できるそうだ。そして、私たちが普段目にしている絵とは異なる図像が下層に隠れていることがこれまでに分かっている。もとより謎の多い作品だが、今回の修復をきっかけに更なる謎が生まれていている。

 絵を見る楽しみのひとつは、探偵さながらに画面に仕込まれた謎を解くことにある。作品に仕込まれたトリックを解決の手がかりを探りながら読み解いていく。作品自体にヒントが隠されている場合もあるし、技法書や歴史書が助けとなることもある。ミステリー小説を読み始める前に事件の真相が分かっては面白くないのと同様、むしろ答えがすぐに分からない方が良い。さらに面白いのはその答えがひとつではないところだ。美術鑑賞はミステリアスで最上級の知的ゲームだと言えるのではないだろうか。

ゲント201407.JPG

中世と現代が美しく調和したベルギー・ゲント市の中心地。夏の間は日が長く、夜11時でも薄ら明るい。

(筆者撮影)

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