エッセー「当たり前」

August 23, 2017

福井新聞「リレーエッセー つらつら紡ぐ」に寄稿しました。

<2017.8.16 掲載>

「当たり前」 美術作家・湊 七雄

 

 日々の生活で「当たり前」になっていることはいくつかある。当然の事ながら、「当たり前」の基準は人それぞれ異なるが、蛇口をひねれば水が出る、電気が使えるなど、それらがない状況に置かれなければ、恵まれた環境へのありがたみを忘れがちだ。

 4月初旬、家族同伴でベルギー・フランダース地方のゲント(ヘント)市郊外に引っ越した。1年間の海外出張だ。私には慣れた土地で、生活の心配は特段なかった。しかし近年の移民問題や無差別テロなどの影響で、「外国人」として改めてこの地に暮らすには、ことのほか難しい問題が増えており、思うように事が進まない。自分の「当たり前」の基準が揺さぶられている感覚だ。

 滞在許可書、子どもの学校、免許証、車、電話、銀行、税金…。ドタバタ劇のごとくハプニングが続き、おかげでエッセイの題材には事欠かなかった。

 冗談はさておき、今回の引っ越しで特に難航したのは家探しだった。詳細は省くが、フランダース地方では、法改正により3年以下の賃貸契約ができなくなっている。

 良い物件を見つけても不動産屋からことごとく断られ、ひところは先が見えなかったが、とことん親切なベルギーの友人らの尽力で、広い敷地に建つ立派な邸宅に住めることになった。家具・大型電化製品も付いる。子どもたちは「お化け屋敷!」と騒いだが、趣あるたたずまいが気に入っている。

 転入の日、大家さん(70代の素敵なご婦人)から鍵を受け取り、家を一緒にチェックした。ところが、あるはずの洗濯機が見当たらない。尋ねると、「来週買いに行けるかな。いつもの店が開いていると良いけど。」と曖昧な返答。

 「このおおらかな時間の流れもヨーロッパらしさの一部」と自分に言い聞かせるも、翌日から洗濯物が大きな問題となった。家族5人の洗濯物はそれなりに多く、妻と交代でも追いつかない。特に脱水が難しい。

 昨今の世界状勢に思いをはせながら、洗濯物ごときで気をもむ自分がちっぽけな存在に感じる訳だが、洗濯機のない生活には本当に参った。結局、納品は遅れに遅れ、1カ月近く洗濯機なしの生活を送ったことになる。

 いずれにせよ、ネットショッピングなどが行き届いた日本では考えられない状況だ。しかし実は、ベルギーにも同様のサービスが定着しつつあり、以前より随分便利になっていることを知った。加えてネットの方が安く買える。それなのに大家さんは頑として近所にある「私の電気屋」での購入に固執した。

 この「洗濯機事件」の顛末を面白おかしく脚色し、友人に話したところ、思わぬ返答を得た。彼も、大家さん同様、地元商店での買い物を心がけているらしく、その理由を3つ教えてくれた。

 先ず、代表的なネットショップは、いずれもオランダ資本であること。ベルギーは四方を大国に囲まれており、国が経済的に乗っ取られることへの懸念がある。次に、例えば昔ながらの小さな商店やカフェなどで構成される「街の風景」を自分たちで守ろうと考えていること。地域固有の文化資本について深く考えが及んでいる。そして、「エゴの肥大」の抑制だ。自己中心的な考えの蔓延は、世界の滅亡に繋がりかねない。確かに、「自分にとって都合のいいこと」の舞台裏、つまり、そのための犠牲や負担に目を向けなければ取り返しがつかないことになる。

 多種多様な利便性を求め「当たり前」の基準が拡大していく現代において、個と公それぞれのレベルの「当たり前」をいかに捉えるか。回答を誰かに委ねるのではなく、自分の問題として向き合うことから次の一歩を踏み出したい。

 

 

 

街のいたるところに自転車があるゲント市の「当たり前」の風景。環境への配慮から、市をあげて自転車・公共交通の利用を呼びかけている。(筆者撮影)

 

 

みなと・しちお

1972年三重県生まれ。金沢美大油絵科卒業後、ベルギー・ゲント王立美術大学院に留学。版画を専攻し、最優秀賞で修了。ベルギー政府給費留学生。

フランス・サンテティエンヌ美術大学版画専攻助手を経て、06年より福井大学教育地域科学部(現教育学部)准教授。国内外での個展・グループ展多数。今年4月から1年間、ゲント美術アカデミーの客員教授。

タグ:ノントキシック、版画

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